こんにちは、Onobuさんです。

いきなりですが、悲しいご報告(というか現実)があります。

「簿記2級」「ビジネス実務法務検定2級」「FP2級」……。
40代半ばにして、仕事の合間を縫って必死に勉強し、これらの資格を取得しました。

「これがあれば、今の会社でも製造現場から経理や管理部門への異動が叶うのでは?!」
期待を胸に、意を決して上司に打診しました。

結果は……

Onobuさん

僕は事務職へキャリチェンジしたいです。
その為に資格も取りました。
異動させてください

上司

「空きがないから無理」

onobuさん

・・・秒殺かよ

普通ならここで「ダメか・・・定年までライン作業で過ごすか・・・」と腐るところかもしれません。
しかし、現在46歳、工場勤務28年の私は、それでも諦めずに「事務職(経理・経営企画)」への転身を目指しています。

今回は、社内での道が閉ざされても、なぜ私がまだ挑戦を続けるのか。
その「あきらめない理由」を、同じように現状を変えたいと思っている同年代の皆さんへ向けて書きたいと思います。


1. 「数字を操る楽しさ」を体が知ってしまったから

私が事務職にこだわるのは、単なる憧れや「楽そうだから」ではありません。
過去に、工場の「予算管理」を担当した時の衝撃が忘れられないからです。

当時の私は、海外(中国)の長期出張での業務が終了し、日本へ帰任後、
現場へ戻らずスタッフ「現場サポート担当」になりました。
その際のメイン業務が工場の予算策定や原価管理及び原価低減を任されていました。

その時、自分でも驚くほど、仕事に対する感覚が変わったのです。

現場で体を動かしている時は「あと何時間で終わりか…」と時計ばかり見ていた私が、
Excelでデータを分析し、
コスト削減の糸口を見つけ、
予算と実績のズレを修正していく作業には、時間を忘れるほど没頭しました。

「数字がピタリと合った時の快感」
「自分の計画通りに利益が確保できた時の達成感」

「業務の全てが楽しい、何時間でも仕事ができそうだ
ああ、そうか、これは自分の天職なんだ。」
大げさではなく、そう感じるほど「やりがい」と「楽しさ」を感じました。

あの時の高揚感を知ってしまった以上、定年までやりがいの乏しい仕事を続けることは、
残りの社会人人生、余りにも寂しいと感じるようになったのです。

2. 「資格」は会社のためじゃなく、自分の武器だから

「異動できないなら、勉強した意味なかったのかな・・・」 一瞬そう思いました。
でも、よく考えたら違います。

  • 簿記で学んだ決算書の読み方
  • FPで学んだ資産形成や税金の知識
  • ビジネス法務で学んだ契約やコンプライアンスの知識

これらは、かつて予算管理で感じた「楽しさ」を、より高度なレベルで実現するための武器です。
今の会社で使えなくても、「僕という人間」の市場価値として残ります。

会社が評価してくれなければ、評価してくれる場所(転職市場)を探せばいいだけのこと。
皮肉なことに、社内異動を断られたことで、
「この会社に依存しない生き方(=onobu-freeの精神)」がより強固になりました。

3. 年齢的には最後のチャンスかもしれない

46歳での職種転換。一般的には「無謀」と言われる年齢ですましてや未経験の事務職。

でも、「アラフィフだから無理」と自分で線を引いたら、そこで試合終了です。
娘たちに対しても、「お父さんは年だから」と言い訳する姿より、
「お父さんは年だけど、悪あがきして自分の『楽しい』を仕事にしたぞ」という姿を見せたい。

実際、社内がダメなら社外へ。本音は社内異動が最も望ましい所ですが、
今は転職活動に切り替えて動いています。
簡単ではありませんが、動かなければ可能性は0%、動けば1%でも可能性があると信じて


最後に:努力は絶対に裏切らない

社内異動が叶わなかったことは、正直ショックでした。
でも、そのおかげで「じゃあ外の世界で、あの時の予算管理のような仕事をもう一度やるんだ」と
腹が決まりました。

もし、この記事を読んでいるあなたが、何かに挑戦して壁にぶつかっていたとしても、
「身につけた知識」と「過去に感じた情熱」だけは誰にも奪われません。

私は、掃除とキャンプでメンタルを整えつつ、淡々と次のチャンス(面接など)に向けて準備を進めます。
一緒に、現状を少しでも良くするために「悪あがき」していきましょう!